宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

微兆

5月3日。月曜日。

バイトだった。昨日は東林間まで行って稽古を見に行った。

今回は脚本も書いてなければ演出もしない。過去作に関わっていただけの単なるゲストとして立ち会った。実にお気楽なものだ。

ただ、お気楽気分だから見えてくるものも多かった。なんの役割も求められていないからこそ、半ば透明人間となってじっくりと考え、観察することができたのだ。稽古場で役者をダレさせないためにはどうするか、演出は何を見て何を言うべきなのか、いかに振る舞うべきなのかなど。伊丹万作の演技指導草案を読んだ甲斐も少しはあったようだ。それは映画用に書かれたものであるにせよ、役者という生きた人間と向き合って仕事をしてきた男が経験から抽出したノウハウであるから、間違いなく本質を見ようとする意識は養われる。

帰り道、ああ、僕は成功したいんだなと思った。コンシェルジュ付き豪邸住みのセレブになりたい訳ではない。じゃあなに?仲間や別れた恋人や道ゆく人たちからリスペクトを得ることか?下らないけどそうかも知れない。しかしそれは底なしの甕で、一時的に濡れることはあれど、決して満たされることはない。すぐにまた乾き欠乏して苦しむ羽目になる。まるで袁術の最期のようだ。成功…。僕はもう耐えきれない。何が成功かもよくわからないのに、早く成功したくてたまらない。それはきっと、僕が幼い時から母はきっと僕は成功すると、ことあるごとに言い聞かせ信じさせたからだ。一体何をして成功するのかまでは教えてくれなかった。

伸びた爪が指先を覆っている。切りたいがどこにも爪切りがない。

小説集の第1集の第1作はコラージュにすることにした。小説という形式にハマるか甚だ疑問だがもう絶対に覆さない。逃げちゃダメだブレちゃダメだ諦めちゃダメだ。自分を信じていなくちゃダメだ。

寝る前に出汁パックを使って水出しコーヒーを作り翌日水筒に入れて持ち歩くのにハマっている。いい感じだ。

そういえば近々インスタもやめちまおうと思っている。大切にとっておくに値するものなんて本当は何にもない。そうすれば、最後の牙城はラインだけになる。こいつをよすにはまだまだ時間がかかりそうだ。

明日はバイクの修理。まだまだ時間がかかりそうだがどうにか今月までには終わらせたい。不精な僕を嘲笑うかのように、この頃ツーリング日和が続いている。

うららかな春の世を、寄り付けぬ遠くに眺めている

 4月28日。水曜日。

 重要なことを見失っていた。自分のために書くのだ。

 今日は休みだったのでいろいろ降り積もった面倒なタスクをいくつかこなし、延び延びになってしまっている自作の小説集第一弾の原稿に手をつけることにした。どうにも上手くいかない。どうしてなのか分からない。経験の薄っぺらさからなのか、単に無能がゆえなのか。生きているのがどうにもバカらしくなった。世の中にはほんとうに下らない作品なんてごまんとある。作者の顔に唾棄したくなるほどに薄っぺらく、伝染病よりタチの悪い流行り物より絶対に良いものを書けると思っている。そのくせ僕は小説を何一つ書けやしないのだ。なぜだ。この浮ついた自惚れこそが理由なのか?いや違う筈だ。反対に自分をできる限り低く見積もってみたところでスラスラと小説が書けるはずがない。むしろその自己蔑視にこそ問題があるのかもしれない。子供の頃、己の醜さに気づかないでいられた頃には、物語ることなんて簡単だった。SFだろうが歴史物だろうが私小説だろうがなんでもござれで、空想から空想へと果てしなく飛び回っていたのだ。ポール・オースターの小説を思い出した。ウォルト・ザ・ワンダーボーイはじめ空を飛べる奇跡の子供は思春期になると飛べなくなる。

 自分は無能ではない。かといって書きもしないのに作家ではない。このままうずうず苦しんでいれば、やがて状況は変わるのだろうか?変わるのだろう。歩んでさえいれば。ホドロフスキー夏目漱石は登山になぞらえているじゃないか。登るべき山に取りついたのならば後はただ歩けば良いのだ。僕は1人で山に登ったことがない。誰かに誘われ、その誰かの計画のままに付き従って登ったことしかなかった。見つけた。ここだ。ここに僕が小説を書けない理由がある。小説を書くということは、自分で登りたい山を決め、自分の力量に見合ったプランを立て、あらゆる準備を自分でやり、1人で黙ってせっせと登ってしまうことと同じなのだ。

 バイクを直したら実際に山に登ろう。小学生の頃に新田次郎の小説を読んで熱狂していた武田信玄ゆかりの山や史跡を訪れる旅を兼ねることにすれば、しばらく山選びには困らない。山梨寄りの東京に住んでいるのになぜ思いつかなかったのか。楽しみになってきた。その前に小説集だ。まずはほんの小山でいい。ちょっくら登って帰ってこよう。

クソ文上等☆

 4月27日。火曜日。

 朝起きてうんざりした気持ちを抑え込みつつ百貨店で少し働いてから、昼にフランス語の講座を受けに行った。仕事の合間を縫って勉強するのは、明治時代に貧しい農村から上京してきた苦学生の気分に浸れるので実に楽しい。まあ、現実はいい歳こいたアラサーなのだが、そこは持ち前の妄想する力を最大限に発揮し哀しい現実を虚構に紛れ込ませて有耶無耶にする。いや、自己欺瞞はあまり良くない癖だ。アラサーでもどうだっていいじゃないか別に。もっと自分の在り方そのものを誇り、毅然としている方がいい。

 最近ぶつぶつと御託が過ぎる。軽い気持ちの日記なのだから、もっと気楽に書こうじゃないか。

 今日は昼に豚丼を食べた。いつも食い終わった後に二度と行かねえと思うのだが、御茶ノ水駅で降りると頭の中が勝手に豚丼を食うことを行動計画の中にセットしてしまっている。タレが美味い。しかし明らかに栄養が偏っているし糖質祭りだ。太りたくない…でもタレが米に合う。どうしても食ってしまう。敬虔な信徒が天使に手を引かれるかの如くやすやすと疑いもせず幸福感に満ち溢れて主の待つ階段を登ってしまう。その店の名は豚野郎(ガチ)

 さて、悩んでいるのは今日の晩飯だ。昼にそんなギルティなものをたらふく食ったのだから、晩飯こそ節制しなくてはならない。二郎に入ってヤサイマシマシアブラナシメンナシスープナシと声高らかに叫ぶくらいの気概で挑まなくては貪食の罪は洗い落とせないだろう。アーメン。貪食の免罪符23,500円〜

 冷蔵庫にあるものは手羽先、挽き肉、卵。常温保管の食糧は米、未開封のビニールの中ですくすく成長を続け未知なる形態変化を遂げる玉ねぎ、食い飽きた袋麺。うーん、何食べよう。友達と電話で喋ってたらスーパーはとっくに閉まってしまった。コンビニに行けば間違いなく爆裂高カロリー高コスト不健康眠くな〜るメシを食ってしまうので絶対に行っちゃ駄目なのだ。コンビニ飯と日高屋は食った後のテンションは横ばいのままか下降する。生活の質がデフレスパイラル

 そこで僕に浮かびし選択肢は3つ。1、食わずに寝る2、家にあるもので何か作る。米は炊かない。3、コンビニに走る。結局食いたいものを食う。明日は久しぶりの休みなのだが、今かなり眠たいので食わずに寝るのが最善の策かもしれない。しかし、最善の策というものは選ばれないのが世の常である。劉備だって孔明の策をなんだかんだ渋って採らなかったりするし、結構そういう光景見るよね。そんなこと言ったって行動に移したり嫌われたり責任取るの俺じゃんかー、嫌だよー。みたいな笑

 いかん、また自虐的で厭世的な話ばかりになる。明日まじで休み何しようかな。楽しみにしていた美術館も映画館も軒並みアウト。どうすればいいんだろう。童心に帰ってガンプラ作ってブォ〜ン!とかブビュュュン!とか何ぃ!後ろかっ!!とか1人で叫んで遊ぼうかな〜!!

 寝て過ごすのはつまらん。ゲーム機は友達にあげた。家にはwifiもないので効率の良い作業もできない。やっぱガンダム作るしかないか。浮世の煩わしさを全て忘れて明日僕はモビルスーツパイロットになるんだ!たーのしみだなー!

 4月26日。月曜日。

 よく晴れていて、風が強い。春の二面性。

 先週開店したばかりの店舗で働いた。基本的に店舗は1人で一日の営業を取り仕切るから、百貨店に入らない人とは滅多に会わないが、今日はNさんと一緒だった。仕事のことについては書きたくない。連日の勤務でこちとらもう飽きている。こうして、目の前の生活に飽ききってくたびれて、現実を超越する必要性を心の底で感じたときに、人は虚構を、物語を、希求するのだろう。

 以上。

電車の中にて昨日を回想(改葬)

 4月25日。日曜日。

 晴れだったか曇りだったか。

 24日は仕事を終えて家に帰った。猫が僕を待ち受けていて、たくさん甘えてきた。僕は疲れていて、図らずもアラン・エドガー・ポォの『黒猫』を想起した。エゴとは実に醜いものだ。

 僕は家でも酒を飲まないので疲労を酒で強制的に中和させる術を知らない。猫に餌をやっておざなりに撫でてやり、風呂にも入らず布団に横たわって放送大学の興味ある講義をラジコで聞こうと、放送時間を待っている間に寝落ちしてしまった。疲労が蓄積すると、精神の志向を覆い潰すように肉体の欲求が圧倒してしまう。こう書くといかにも自分が日々研鑽を積む求道者のように思えてくるが、他人から見ればやるやる言ってやらないだけの物笑いの種に見えるだろう。事実、その通りだから僕としては笑えない。

 朝起きて、仕事に遅れない時間に着く電車に乗れるまでの猶予が20分しかなかった。急いで風呂を浴びながら着る服を考え 、濡れた髪のまま突風のように家を出た。電車に乗ってからはいくら急ごうが所要時間に変わりはない。アクシデントがあれば遅れるが、それは僕のコントロールの及ぶ範疇にはないから、人の連なる長座席にぽつんと埋まって、考えない葦の如く放心するがまま縦横にふらふら揺られていた。

 眠っていたのかもしれない。車が全部自動運転になったら、人はそれぞれどんな時間を過ごすだろうか。他者が同乗していない自家用車だとどんな様子が見られるだろう。

 百貨店の売り場は時短営業。休業になれば夢のベーシックインカム暮らしが出来ていたかもしれない。そんな事を考えたとき、ニーチェにぎりりと睨まれた。売り場はF氏と回した。F氏自作のTシャツを貰った。いろいろ喋っているうちに定時となり退店した。店も新宿駅も人が減ってがらんとしていた。

 家に帰った。日曜の夜は毎週3つのラジオ番組を聞く。それはなにも日曜日だからと言うのではなく、たまたま好きな番組が日曜の夜に揃っていただけだ、20時から始まる野村訓市の番組を皮切りに、最後は25時30分に細野晴臣の番組が終わり、それを聞き終わってからしばらく起きているのが通常だったが、その日はどれも聞く事なく眠ってしまった。

 その翌日である今日、ようやく連勤が終わり、明日はフランス語を学びにゆく。

 これを書くのに夢中で、僕の乗る急行列車は、勤務先の店舗の最寄り駅を見向きもせずに通過してしまった。

張り裂けんばかり

  4月23日。金曜日。

 今日は店舗で働いた。翌日も店舗で働く。往復2時間半の移動時間をケチって店舗に泊まることにした。猫が居なかったらいくつかの友人宅や店舗やインバウンド特需に失敗して安値が続くゲストハウスに泊り回ってほとんど家に帰っていなかっただろう。挙句解約していたかもしれない。というより、そもそも安いペット可住居を探してたどり着いた先の日野市なんぞに住んでやしない。

 新宿発の電車に乗るのは精神的にも拘束時間的にもしんどいが、毎日数時間ずっと縦と横に揺さぶられ続けるというのも体力が削られてそうで嫌なものだ。確かに片道分しか移動してない今日は随分と疲労感が少ない。

 終業後に行った銭湯の脱衣所のテレビを見ると緊急事態宣言を発出予定の首相記者会見が始まるところだった。百貨店はどうなることやら。そして、次の休みに観に行くつもりだった絵画展と映画があったのに、これではおじゃんだ。心が休まらない。苛立ち、ジリ貧、遅延、おあずけ、失われてゆく若さ。東京にいる価値を僕は見出せなくなくなってきた。停滞したこの期間だけでもカナダに渡ってしまおうか。ああ、クソつまらない。歳を重ねるごとに、自分の人生は随分と当て外れな方向に進んでしまったという思いが強くなる。まったく期待外れだ。こんなはずじゃなかったのにな。

 フランシスベーコンの書いた絵を見せてくれ!心躍るようなひと時の夢を見に映画館へ行かせてくれ!僕の作った演劇作品をどうか生で見てくれ!ああ、なんて世の中だ。まったく生殺しだ。馬鹿にしてやがる。