宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

大気圏突入

最近話題の「友達不要論」が出てきた背景を暴力的に簡素化すれば

1.現代資本主義社会での人間は、朱蜻蛉やイワシなんかと違って、直接的に群れを形成しなくとも生きていけるという前提

2.人生の時間もエネルギーも有限だという人間の本質

3.平成30年の日本において、戦時中の全体主義の余韻が薄れてきた現状

といった感じか。

 

「他人を形式として尊重はしつつ、理想とする自己を実現するために必要な仲間にだけ愛と時間と金を使え。そのために必要な仲間を見極めろ。」とある人は僕に言う。僕がそれを実行するかはわからないが、理解できる考え方だ。

 

しかし僕はもう二十代も折り返し地点だ。暫定的でもスタイルは決めて生きてゆかねばならない。そうでなければ人からの評価や信頼を得ることは難しくなってゆくだろう。(それを得る必要があるかどうかも一考の余地はあるが)

 

ごく少数の飛びぬけたクリエイターの世界に大気圏突入できるか否かは、考え方の異なる多くの友人や職場の人なんかをスペースデブリとして扱えるかどうかなのかもしれない。反対に、他者から宇宙を漂うゴミとして扱われても気にしない強さがあるかどうかなのかもしれない。わからない。