宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

Home Town Alone 25

 

食欲の秋なんて言葉がある。

秋と言っても夏が終わり、涼しくなり始めた頃よりも、落葉と共にめっきりと寒くなってくる今のような晩秋にこそ飯はより一層美味くなり、僕なんかはその日の食事のことだけ考えて日々を過ごすようになる。

 

平日、仕事終わりの帰り道。作業着のまま飯屋に飛び込むと同時に、夜の外気で冷え切った尻を店の椅子の上に落とし込み、重い鞄もごわつく外套も取っ払ってメニュー表を開く。ラミネートされた紙に印字された色とりどりの文字と数字と写真の主張を話半分で聞き流しながら、その日の朝に出勤してからなんとなく続いていた緊張感を、ぐいぐいと弛緩させていく。暖房の利いた店内、他に客は2、3人だけ。時間はたっぷりある。あぁ、この瞬間、雇われ者のこの僕がささやかな自由を勝ち取ったのだ!はっはー

 

立ち寄る店は気分によりまちまちで、湯気立ち上る濁った豚骨ラーメン、懐かしい出汁の匂いのする肉うどん、甘く柔らかなカツ丼、ヘラで押さえるとジウジウ鳴るお好み焼き。しかし何といっても温かい白米は外せない。料理を口に運び、舌を通じて味が脳に届くや否や、涸れて乾燥しきった感情に、安堵と喜びが滴り始めるのが分かる。

 

仕事やらなんやらよく分からないことの積み重ねでノイローゼ気味になっている僕は、この辛い寒さの中で、染みるようなあったかいご飯を暴食することによって脳から強制的に満足感や快い分泌物を絞り出しなんとか騙し騙し日々をやり過ごしている。

 

誰とも話さず、目線を交わすこともなく。ひたすらに食うことだけを考えて、手と口を動かしているその行為は、日々の儀礼的な社会的接触の繰り返しで擦り切れ、疲れ、うっすらと絶望を感じている僕に、つかの間、気力を与えてくれる。

 

食事というものはありがたい。身体だけでなく、心も支えられている。

できれば心通う友と、すき焼きでも食べたい。