宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

部屋とお布団と鼠

昨夜、部屋を掃除した。

ゴミを捨て、持ち物を整理して、服を一か所にまとめた。

仕上げとばかりに布団の向きを合わせて重ねると、すぐにでもその間に挟まりたくなった。

そこで実家で飼っている猫のことを思い出した。

あいつは寒い夜だけ布団に潜り込んでくる。

それはとても愛らしくはあるが、人間生活の中で暮らす猫にとって

別段珍しい行動ではないようだということは、ツイッターを見て知っている。

 

今や僕は、食パン(飼っている黄色と白の毛をした虎猫)の住処とは1000キロ近くも離れた、廃工場のシェアハウスに住んでいる。

ここにはネズミがたくさん出る。現に僕もこの目で見た。

夜中に出会ったそいつは、だいたい握りこぶしくらいの身体で、ミミズみたいな尻尾がついていた。

丸々と太っても骨格が浮き立つほど痩せてもおらず、人間でいう中肉中背といった感じだった。

ネズミは、いかにもといった感じで冷蔵庫の裏から登場し、壁際を沿って台所へと向かっていた。

その時僕は何をするでもなくただその姿をぼんやりと見つめていただけなのだが、後日、あるシェアハウスの住人から話を聞くと、鼠害は、元々ここが人間の居住を想定していないことによる寒暖の厳しさ(剥がれた壁紙の裏を覗いても断熱材など見当たらない)、建物すぐ下のスペースが廃材処理場として使われていて、そこから発生する羽虫の群れ(ビール缶が立方体のスクラップになって立ち並んでいて、若干の臭気を漂わせている)の問題と並ぶ深刻な問題なのだという。

住人によると、ネズミが起こす害はいくつかあり、夜中に駆け回る足音、糞や咬まれることでの感染症の危険性、仕舞い忘れたカップラーメンなんかは、発泡スチロールを食い破り、乾麺のまま食ってしまうらしい。

その話を聞いて、教科書で見た食糧庫の柱のネズミ返しの工夫がいかに重要な発明であったかについて思いを馳せて、自然と共に生きてきた人類の苦闘の歴史をほんの微かに感じられた気がして面白かった。

 

そんな風なことを住人と冗談っぽく話していると、罠で捕まえたネズミの剥製にピカチュウを模した色を付け、ポーズをとらせて渋谷の路上に置いたりするアーティスト集団が居るとかいう話を聞いた。

ネットで調べてみると、それは結構前の話らしいが、実際に画像も出てきた。東京のネズミ問題に一石を投じるという名目だったらしい。

そのアートは問題に対してどう効果があったのか、そのアーティストたちは鼠害に対する行動を続けているのか、はたまた飽きてしまったのか知らない。

とりあえず僕は夜中にネズミに再会したところで、またぼんやりと見つめるだけだろうが、食い物をきちんと仕舞っておくことにして、今後寝ている間に耳たぶを食い破られないようになどと考えながら、眠ることにする。