宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

疲れました

一日の終わり、さぁ寝ようかと思ったとき、妙に後味の悪い日とそうでない日がある。

今まさに漠然とした気持ち悪さで、すんなり眠れないからブログを書いている。

そうでなければとっくに寝ているところだ。

全く何もしていない日に比べれば、多少は発見もあったし、比較的良くやったほうだと思う。

今朝は早めに起きておにぎりを作って徒歩でバイトへ行けたし、社員であり友人の丸山も前向きな雰囲気を帯びていて、休憩中二人で煙草を吸いながら話していると時なんか、ここ最近の暖かな陽気のように、気持ちのいい笑顔を見せることもあった。(そして煙草を数本貰った。こういうちょっとした親切を忘れないようにしよう。そしてそのためには、こうしてちゃんと書いておくことが大切である。)

丸山は僕の愛すべき活字中毒仲間で、僕とは異なり、実直で、我慢強い男である。休憩中は、互いの読んだ本やらなんやらの話をすることが多い。以前、阿佐ヶ谷の彼の家へ行って蔵書を見せてもらったが、多すぎることも少なすぎることもなく、ジャンルにもまとまりがあり、興味深い本が棚に綺麗に並んで、彼の堅実な性格を裏付けていた。きっと、その脳みその中にも、一冊一冊が確実に収められていくのだろう。もし丸山に会って話をする機会があれば、最近読んで面白かった本は何か聞いてみるといい。分類された記憶の本棚から容易く一冊を抜き出し、そのほんの主旨や見どころを、正確で簡潔に要約して話してくれるだろう。

僕とは大きな違いである。僕の本は、置き方も、ジャンルも、サイズも、読んだ本とまだ読んでない本と途中まで読んで放置している本も、すべてがごっちゃごちゃに入り組んでいる。僕に最近面白かった本を聞いたところで、必死さしか伝わらないこと請け合い。

こういった、個人の生活習慣に基づいた特性は、仕事の場ではかなり如実に顕れる(このことについて実例を挙げて説明するのは悲しくなるのでやめる)

目蓋が徐々に垂れ落ちてきたので、寝る。

ブログは、こんなに尻切れ蜻蛉で、意味もオチすら用意しなくても成り立つから僕にとっては救いのひとつとなっている。今日は歩き疲れた。

 

おやすみ