宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

空洞に膿が溜まってゆくように

数日前から風邪を引いています。

鼻水が黄色いし、喉は荒れていて咳をうえっほうえっほしています。

体調を崩す時はたいてい季節の変わり目の頃合いです。

夏はそろそろ終わりなのでしょうか。

ぼくの友達へ手紙をまだ出せていないので、今週中にはポストに突っ込まなくちゃいけないなと思っているのです。

ぼくは、周りの人から色々なものを受け取りながら日々を生きています。

ときおり、深い深い山奥や絶海のただ中にある孤島や宇宙の果ての忘れられた惑星へ行って、

自分ひとりだけになって、誰からも何も受け取らず、誰にも何もあげずにマイペースに暮らしていたいと願うこともあります。

しかし、今すぐ荷物をまとめてそれをしないのは、そんな仙人のような暮らしが、ぼくが最も望む理想の姿ではないからです。

ぼくはまだ、胸の内に希望を抱えているのです。カーテンの内側に隠した理想の幸せについての一式の企みを捨てることができないのです。

しかし同時に、その秘密こそが、今のぼくを蝕み苦しめ殺そうとする病原体でもあります。

ぼくが外から秘めた「希望」とは、一種の王冠や玉璽のようなものです。

そんなただの金属や石で作った調度品に心を奪われているぼくは、次いでそれにふさわしい玉座と、選ばれた者としての扱いを受けたいという考えを抱いてしまっているのです。

分かりやすく言ってしまえば、高い高い都合のいい理想と、それが叶えられない今の自分の立ち位置とのギャップに僕は絶望しているのです。

それはまるで、夜空を見上げ、いつか自分も月の宮殿での宴に加わりたいと本気で夢想しているようなものなのかも知れません。

結局、翌朝目が覚めても現実の延長線上でしかないことに、少し疲れているようです。

こんなことを書いてしまうのも、じわじわと長引いて治らないこの風邪のせいでしょうか。

 

そうそう、この前2ヶ月ぶりくらいにバイクに乗ったんです。

重くて大きい鉄の塊がずいーっと前に滑り出し、少しだけ重力から解放されているような気分になりました。

夜、ひとりっきり、目的地を定めないでただただ北西へと向かいました。

気がつくともう辺りは山深くなっていて、デイリーヤマザキが路肩に明かりを灯していて、ふと東京について想いました。

今ぼくが住んでいる家にはテレビがありません。

友達の家で、深夜の天気予報を見ていると、「ああ、おれは東京に住んで居るのか」と驚くことがあります。

ばかだなぁと思われるかも知れませんが、そうなんです。

そういえば福岡に住んでいた時も、天気予報を見るたびに驚いていたっけ。

「そっか、おれは今、こんな所で暮らして居るのか」

 

今日は夜勤なので、バイトに向かうまでの空洞の時間を使ってぼくはこれを書いています。

次の予定とそれまでの空洞の時間を繰り返す。人生とは、ぼくやきみがいつか死んでしまうまでのぽっかり空いた無用な空洞なのでしょうか。

「人は決してどこにも到達しません。出発点しかないのです」と言ったのはボーヴォワールです。

オン・ザ・ロード』のサル・パラダイスが、呼び寄せられるように何度も路上へ出て、旅を続けるのは何故でしょうか。

絶対普遍的な効力を持つ王冠や、いつまでも安らいでいられる王座など存在しないことを、ぼくだって知っているはずなのに。

ああ、疲れた。黄色い鼻水が出る。喉は荒れていて、うえっほうえっほ咳をする。