宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

今、この瞬間で考えていること

現在の思索を考えもなしに書き綴るのではなく、

きちんとした情報を発信するならこんな感じの内容について書けるというものを

先の記事でわらわらと羅列した。

 

しかし今日はまたいつものように、空洞の虚無をやり過ごすためにただ書いて逃げるつもりだ。

僕はいま、ジョナサンに来ている。ヨナサン。ホナサン。

ここのメニューは皆、眼を見張るほどに高価格である。

筆記用具やらiPadやらを持ち込んで2時間くらい1人でダラダラしている。

具体的にしたことと言えば『日本人とすまい』という岩波新書から出ている古い本を読み進めたことと、

食事を済ませ、向かいのテーブル席に座るママ友コンビの話を聞きながら、コーヒーと、ぬるくて甘くて不味い青汁を無理して交互に啜っていることくらいか。

携帯端末をiPadに変えたことで、こうして出先でも効率よく筆を進められるようになったのは幸いである。

18時を過ぎ、連ドラの話で盛り上がっていたママ友コンビも去り、ぼくは人の気配がぐっと薄まった店内でunder worldの duneを聴いている。更に他人を感じなくなる。

この曲は10分以上ある、ゆったりとして深度のある曲で、心の波長をチューニングするにはおあつらえ向きの曲なのだ。

そうこう言っているうちに、曲が終わってしまった。いちいち変えるのも骨が折れるのでGia Margaret をシャッフルで流す。

髪を切りたいなぁと思う。歌いたいなぁと思う。芝生の上に座り込み、転げ回りたい。

今日も夜勤に出かけなくてはならない。嫌だなぁ。

その前に、シェハウスのルームメイトである2人が、風邪に効くらしい料理を作ってくれるとのラインが入った。

そうしてまた、僕は他人から貰ってしまうのである。

何を?それは優しさだろうか、情なのだろうか、愛と言うのだろうか、恩と呼ぶのだろうか。

福岡に住む、あるカップルのことが好きだ。あの2人は、僕を溺れさせることができるほど、僕に良くしてくれる。彼らの作った世界に、気前よく僕を招き入れてくれる。

もう少しで彼らに会えるなぁなど考えている。彼らや、ルームメイトや家族や僕の精神の傍にいてくれる人たちに、さやかなお返しを用意するための労働だと思えば、今日の仕事も次の仕事も乗り越えられるような気がしてきた。