天変地異、魑魅魍魎が跋扈し、毎晩至る所で百鬼夜行が繰り広げられる幻惑の東京の喧騒を離れ、故郷の、この、しみったれた場所へ帰ってきた。
駅までは母が迎えに来てくれた。家では父が待っていた。
2人はこれまで以上に僕に優しかった。
秋風までもが僕を涼やかな気持ちにさせてくれた。
父と母が離婚してけっこうな年月が経ったが、それ以来初めて2人が揃って同じ車に乗り、共に食事をした。
なんだか不思議で楽しかった。
姉もそこに居られたら、どれだけ良かっただろうか。
僕は東京暮らしで、姉は年末カナダへ発つ。彼女は明後日くらいに東京のカナダ領事館に行くのだという。
そういう事情もあるのだろうか。
昨日は福岡に居た。福岡空港に着くや否や、吸い寄せられるように風街へと向かった。
この喫茶店の二階の黄ばんだ壁紙には、僕の愛着と憂愁といろいろな企みとが染み込んでいる。
小さな2人用のテーブルの上に本と煙草とマッチを置いて、メニューを眺めているうちに、
すでに忘れ去られていたはずの自分が黄泉からぬぬっと現れる。
あぁ、懐かしい。窓から見える親不孝通りへと繋がる道路。注文を伺いに来た穏やかな喋り口だが手際の良い眼鏡の店員。
時刻は11時を過ぎた頃だった。早朝からの長旅で腹が減っていて、福岡の空の上には燦々と太陽が照っていたので僕は汗ばんでいた。
チーズバーガーとジンジャーエールのコンボを頼み、煙草に火を点け、ぼうっとした。
写真を撮ろうと思い、ふと後ろを振り返ると、壁にはボブディランのポスターが1枚だけ貼ってあった。
ここでも会ったか。果たしてこんな所に居たっけな。
さて、僕はとても眠たかったので、本を読むのではなく音楽を聴こうと思ったが、イヤフォンが無かった。
先日の台風の際、福岡行きの飛行機に搭乗するために成田空港へ向かおうと始発で地下鉄に乗ったものの京成上野駅で足止めを喰らったとき、首に引っ掛けていたのが最後の記憶だ。
ヤレヤレだが仕方がないので再びぼうっとした。
食事を済ませると、12時休憩のスーツ姿達がどうっと店へなだれ込んできた。
この店にはいつまでも続いて欲しいので、ささやかながら食後には単品でコーヒーを注文しようと思っていたが荷物を纏めて外へ出た。
さて、どこへ行こう。お次の予定は全くない。
14日は桜坂で軽音サークルの友人の結婚式に参列するので、今日はそのまま山口へ帰ろうかと思ったが、太陽があまりに強く輝いていたので、博多駅とは逆方向の大濠公園へと向かった。
公園に着いて、お目当てのベンチへとたどり着く頃には汗がどうっと噴き出していた。
売店で買ったアイスクリームを食べて身体を冷やし、穏やかにきらめく湖をひとり眺めながら荷物を枕にして眠った。
しばらくして、ザーッと、あまねくものを打ち付ける音と、遠く人の悲鳴が聞こえて目を覚ました。眼前では、見渡す限りの湖水が丸い波紋を無数に作って跳ね回っていた。それはとても美しかった。
僕のお気に入りのベンチは、湖を中央で2分するように伸びた陸地にある、大きく広がった松の繁った枝葉に傘下にあり、ほとんど濡れることがなかった。
そのまま雨が止むのを座って待っていた。
待ちながら、大学の軽音サークルで親しかったYにラインを送ると、仕事が18時半に終わるというのでそれから食事をしようということになった。
20時くらいの電車に乗って山口まで帰ろうと決めた。
18時半まで3時間くらい時間が余っていたので、地下鉄に乗って、始点と終点を何度も折り返して運転する車両の中でひたすらに眠り、本を読み、人の会話を聞いたりしていた。僕は市営地下鉄の1日乗車券を購入していたので、問題が起こる心配もなかった。
そうして時間を潰し、Yと大画面前で落ち合った。
国体道路沿いのやゆよへ行き、Yの再就職した話や男性との関係の話を聞きながら夕飯を食べ酒を飲んでいるとRがやってきた。
仕事終わりに来てくれたRの白い半袖のカッターシャツ姿が、彼の普段の古着のカジュアルな格好とはかけ離れ過ぎていて少し笑った。
Rは恋をしている。意中の女の子について、いつか電話で聞かせてくれた話をもう一度対面で聞いた。
テーブルの向こう座るYとRと喋っていると、なんだか僕たちはこうして笑ってふざけて思い出を語ったりして、かれこれ100年も生きてきたような気持ちになった。
3人で話し、ビールを注ぎ、他のサークルの友人と電話をしたりしていると、解散する頃にはとっくに終バスを逃してしまっていた。
翌朝山口に帰ることにして、雑餉隈に住むKが家に泊めてくれることになったので電車に乗る。
Kもまた、同じサークルの友達である。彼は年内には上京したいらしいので、いずれ詳しく書くかもしれないがここでは割愛する。
Kと、彼の家に泊まっていたSさんと銭湯へ行った後、部屋で深夜のローカルバラエティ番組を見ながら眠った。
6時ごろに目を覚まし、仕事のあるKとBUMP OF CHICKENを観に大阪へ行くSさんとの、数日後の結婚式での再会を楽しみに一旦の別れを告げ、僕はひとり宇部に帰る電車に乗るために南福岡駅の方へよたよたと歩いていった。