宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

戯言

結婚、内定、出産、退職、転職、告白、死別、入学、旅行、転居、奇跡、卒業、成功…

そんな人生の一大事とされるイベントを迎えようと、結局俺たちは人生の現実の延長線上にいる。

酒、セックス、薬物、コンサート、ツイッター、インスタグラム、暴力、運動、演説会…

非日常の効果が切れればへなへなとくたびれる。そして禁断症状のような無気力と無味乾燥。

なんに依存しようが本質は一緒だ。人間は総じてくだらねえ。

ところで春を売る仕事は女性の方が圧倒的に多いのはなんでか考えたことがあるか?男は勃たなくなるからってか?

そうじゃない。俺はこう思う。女を買う奴は、社会の慣例となっている男の優位性なる幻想を自分も持っているんだと信じ込むために、金を払った女に色々奴隷めいたことをさせることによってそれを実感したいからだ。客の多くは電車や職場や家庭で日頃女に無視されているような哀れなクソデブや陰湿なカスや孤独な年寄りばっかりだ。

社会の常識なんて所詮そんなものだ。己のご都合主義を常識論として正義ぶって振りかざしてくる人間は自分が100万の味方の兵と共に錦の御旗を掲げていると勘違いしている。笑えてくるね。よく周りを見てみろと言いたい。一体誰がそこにいる?

こんなことを書いている俺の気は触れてしまったと思うだろうか?気が触れているとしたら内容に価値はなくなる?こんなこと、普段は配慮しながら話している内容とそう変わらない。言い方が違うだけだ。

そんなに特別なこと言ってないよ、誰だって同じこと考えている。みんな一緒だ。と俺に言う。本当にそうか?ならどうして話が合わないんだ?なぜ役に立たない人間は死ねばいいなんて言う人間が俺の前に現れるんだ?どうして話が盛り上がった帰り道にいかん喋りすぎたと後悔することがあるんだ?なぜ誰も目の前で起きている違和感をどうにかしようと行動しないんだ?

俺は腑抜けなボケでありたくない。他人に劣等感を植え付けることでコントロール下に置き、手前勝手な価値観を押し付けてくるようなクソ忌々しいゴミ共に抗いたい。

俺を含めた人間はみんな単なる喋る糞袋だ。別に高等でもなんでもねぇ無価値な糞の塊だ。

ケネディガンジーも上野の炊き出しを待ってるオバさんも魯迅もどっかのセレブもバイトリーダーも曽祖父も教師も100人とヤった奴もジョージルーカスもお前だってそうだ。等しく無価値で誰一人として例外はなし。

それを認めたくない奴らは、奴隷という階級を作ったり人種に優劣を付けたり性別で役割を決めたり精神異常者の枠を設けて押し込んだり。誰かに作られた神話を集団で信じ込むことで己を安心できる位置に落ちつかせようとする。

そんなのは思考停止のバカな奴らだし、何にも言い返さねぇ奴もそうだ。自他共に常に疑ってかかるのが俺の生き方だ。

勘違いして欲しくないのは、これだって俺が納得するだけの手前勝手な戯言に過ぎないということだ。バカもボケもデブもゴミもそれぞれの言い分があることは知っているし、もし敬意を持って話してくれるなら俺は理解したい。それから互いに意見を交換できればより良いものが生み出されると俺はそう思っている。

しかしまぁ、ヴォネガットも言う通り、単に人生はドタバタ痛快なる喜劇、お笑い話だ。時おり泣いて、大いに楽しんでくれたらそれでいい。