宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

ひとりぼっちの人工衛星

社会の外縁あたりで、好き勝手言って自由に生きたいが、それはとてつもなく難しいことだ。

自分自身の言葉や知識や物の見え方に価値を持たせないと食って生きて行くことは難しい。

以前、経済的な自立がなければ個人の自由は確保し辛いという話をした。

特異な例だが、他の方法もある。その外縁からさらに外へ飛び降りてしまうというやり方だ。

文字通り飛び降りてしまってもいいのだが、今言いたいのはそれとは少し違う。

学生だった時分からそうしたい衝動が襲ってくるのだが、それは、人々から離れた山奥や森の奥地に住まって、自給自足の生活を送るということだ。

これはこれで難しいことだ。

土地は大抵誰かの所有権の下にあるし、その問題を何とかしても、衣食住と身の安全を保つだけの能力を身につけなれば早々と諦めることになるかくたばってしまう。

より己の肌に合う風土の海外に移住したいなら、その地の言語や永住権や仕事を手に入れなければならない。

日本で、作家として食っていければ、それが一番都合がいい。

だからちまちまこうして文章を書く習慣をつけようとしているのだが、果たして一体どうなるだろうか。

広く深く本を読みまくり、なるべく質のいい作品をなるべく多く発表するということは他人にとってはどうでもいいことかもしれないが、自分にとっては今後の選択の幅に関わる問題だ。

おお、恐ろしい。気を引き締め直してもっと本気で打ち込まなければ。