宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

芥川龍之介の『蜜柑』を読んだ。

NHKのラジオアプリでアナウンサーの朗読を再生しながら、青空文庫で文章を追った。

作品自体は電車に乗った語り手が向かいに座った少女の行動を観察して己の世界観が少し変わるという、シンプルで短い話だった。

そのターニングポイントの一つ一つが映画的で、濃密だった。少女が閉じた車窓を開けてから退屈が終わり、みすぼらしい少年たちの上に蜜柑が降り注ぐまでの一連の描写は、カット割りや効果音、芥川が記述した通りの匂いさえもありありと現れてきて。それはそれは美しかった。

 

印象的な何かが降り注ぐというシーンが僕は好きだ。

1秒単位で時間を管理された社会でロボットみたいに並んで通勤する労働者達の上にばら撒かれる色とりどりで無数のジェリービーンズや、マックデマルコに降る煙草の雨。

何かが天から落ちて来る時はいつも突然で、そしてとても象徴的だ。

僕の頭上から何かが降って来るだろうか。ミサイルや瓦礫や書類なんて安っぽいからつまらないし、無数の鳥の糞や集団で飛び降り中の自殺者の群れでもないことを祈るばかりだ。