宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

まいにち

ある日、僕は太宰治全集を開いた。そのうちの、盲人独笑という作中のタイトルに惹かれて読み始めると、それは葛原勾当という実在した盲人奏者の日記に、太宰治が実際には書かれていないドラマを挿入したという作品だった。太宰は改変した事情を読者に充分すぎるほどに念を入れて説明していて、彼の生き辛さや、文の道で下手な誤りを犯し、絶対に恥や謗りを受けたくないという思いが伝わってきた。

それを読み、葛原勾当の日記のスタイルは以前青空文庫で読んだ山頭火のそれに似ていて、古の人の日記はこうであったかと改めてそれとなく知った。ここで引用してみたいと思うが、僕は葛原匂当日記を持たないので、手元にある太宰全集の『盲人独笑』から引用する。なるべく簡素な所を抜き出すが、僕が実際に文字通り手探りで記した文章なのかはわからない。匂当の原文は全てひらがなので漢字は太宰が適宜変換している。なお、付け加えておくと、匂当というのは、名人奏者にのみ名乗ることを許される名前で、彼は地域の女性に琴や三味線を教えている。

 

天保八酉年。

◯五月十日。

あめふる。歯が、いたい。おかや。琴。すゑのちぎりをけいこする。おかやに言われて、こんにちより、たばこを、たち(断ち)申し候。

◯同十一日。

あめふる。同いたい、いたい。

にくまれて、世にすむかひわ、なけれども、かわいがられて、死のよりましか。

この、こか(古歌)のごとく、わしも、歯がいたくて、世にすむかひわ、なけれども、ねずみとらずの、ねこよりましか。やれやれ、いたや。いのちの、あらんかぎりわ、この歯をいたむことかと、おもへば、かなしく候。

さびしさわ。あきにもまさる。ここちして。日かずふりゆく。さみだれのころ。

◯同十二日。

同いたむ。ひるからわ、いたみも。すくなし、四つから、てん気よく、おけふ。さみせんにて、おいまつ。けいこいたす。

◯同十三日。

歯も、こころよく候。こん日より、また、たばこをのむ。

(太宰による中略)

◯六月十六日。

休そく、やれ、たいくつや。あつや。へいこう、へいこう。

 

以上。引用おわり。

勾当の思い煩いなどは、彼が江戸の時代の盲者といえども、現代に通じ、共感できる部分が少なからずある。

天保8年は勾当当時26歳。梅雨から夏へ変わる時期。今から182年前である。そして太宰がこの作品を発表した更に80年くらい後の世となるので、ごく簡単に少しだけ僕による注を入れさせて頂きたい。

「おかや」と「おけふ」は女性の名前。おかやは度々登場し、稽古を無残欠勤したり、太宰の創作だが、勾当との恋を感じさせる部分も出てくる。「すゑのちぎり」とは曲名である。永遠の誓いという意味であろうか。

へいこうは、閉口である。うんざりして口がきけないという心情を表していて、夏目漱石の作品なんかにも度々出てくる表現だ。

 

そして僕も26歳である。これに習って、続かぬ日記を再び始めてみようと思うに至り、書き始めたので、今日の分を紹介する。友人の名前は偽名。今はまだ三日坊主といえどもやる気に満ち溢れているし、引越しをして出来事もあったので、少し長い。句は今日より詠み始めたので、とても下手だが、笑って許していただきたい。盲目の芸の達人と、現代の半端者との対比を楽しんで頂きたい。

 

◯令和元年十一月四日。

引越しを終えた。ずいぶんと寒い。ここは日野の山野に流れる浅川沿いの角部屋だからか、杉並区にいた昨日より空気がとても冷えている。

川の音の。止むことのなき。六畳間。

昼過ぎ、アプリを使って八王子のアパートの1階に住む中年の夫婦から机を引き取った。以前仔細をメッセージをやり取りしていた際に先方が龍の絵文字を使っていて心を引かれていた通り、ユニークで素敵な人柄だった。それを1人で運び込んだのち、近くの園芸店で鉢を買った。店員のおばさんに植木の植え替えをして貰った。「他人から貰った植物は枯らせないと神経質になって来る客は多い」と彼女は言い、その通りだと笑った。コンビニで文机の支払いを済ませた。車で南平の駅まで行き、茶箱を引き取った。吉富より電話来る。今月の30日に相模湖までツーリングをして、湖面を見下ろしながら周辺の山をトレッキングする約束をした。

未だ見ぬ。湖面に映る。もみじ山。

谷口からの手紙を読んだ。気が楽になった。鉄雄に電話。芝居について思い浮かんだアイデアについて話をした。次の稽古は金曜日。