宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

2月11日の記録

今日も無事、僕は目を覚ました。

丈の足りないカーテンの下から覗く磨りガラスの表面には光と熱が滲んで乱反射している。

Twitterを見た。僕のタイムラインのメイントピックはアカデミー賞の話題でもちきりだった。

今回ノミネートされた作品のうち、パラサイトとジョジョラビットは観た。

どちらもとても面白かった。

パラサイトは、現実感のある作風をぎりぎりのところで守ろうとしつつ、ハリウッドのスパイ映画的な緊張感の演出やタランティーノ作品のようなクライマックスを取り入れていて、新鮮だった。

ジョジョラビットは、過去に数多あるナチスものであるにも関わらず、皮肉で斬新な切り口によって、普段戦争映画を見ないような人々をも巻き込む力を持っていたと思う。

しかし、パラサイトは、展開を進めるための寄生家族たちの行動や判断が少しだけ強引に思えたし、ジョジョラビットはクライマックスに横切る星条旗つきのジープが印象付けているようなアメリカ賛美の毛色があったり、ほんの少し気になる部分はあった。

まあ、こんなことFilmarksに書けばいいものを、このブログに書くあたりに僕のダサさを感じて嫌になった。

ワイヤレスキーボードを買った。だからこうして、なんだか心が滾る夜にはまたブログを書けるようになった。

久しぶりにバイクのエンジンに火を入れてスーパー銭湯に行った。

祝日の昼間はやけに人が多くて、げんなりした。裸の人間がうろうろと浴室中をひしめき合って水に浸かったり上がったり、誰かが誰かをジロジロ見ていたり。

サウナの中で何か考え事に没頭しようにも、あまりに出入りが激しかったのでテレビに意識を向けるしかなかった。

放送されていた昼のワイドショーは、ファッションリーダーの女性2人がそれぞれ別の女性タレントに新品の服をコーディネートして優劣を競うというコーナーだった。

他者との不毛な競争心と購買への危機感を煽るだけが目的のような気がした。

僕は子供の頃、王様のブランチだとか、そういう番組に出て、おどけた人気者になることへの漠然とした憧れがあった。そんな時期もあった。

ポール・オースターの『オラクル・ナイト』を読んでいる。もう終盤に差し掛かっている。

最近、美術館や映画館、ライブハウス、コーヒーショップでの映像作品の上映会や小さなバーでの演奏、Netflixなど、さまざまな作品に触れることが多くなったが、最も僕の霊感を触発させる媒体は小説なのだと分かってきた。しかしまあ、そのどれもが最も没頭でき忘我する瞬間こそ至高というのも、ただでさえ現実からの逃避癖がある自分にとって、創作の宇宙へと全身を投げ込むかどうかを決めることが、自分の運命の分水嶺となるように思う。

僕は閉塞した部屋で思考も働かず退屈な時や家事に向き合う時などには音楽がないと耐えられない。しかし文章の書き始めや読書の時には気を取られて音楽を聴けない。

今日、Spotifyブライアン・イーノを流すと、全く邪魔にならないどころか忘我までのスピードが早まったように思う。今も彼の曲を再生しながら書いている。頼もしい味方を得た気分である。

今から、眠気で身動きが取れなくなるまでの間『オラクル・ナイト』の続きを読み、演劇作品のアウトラインを作るつもりだ。