宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

いま

4月1日

風呂はいい。今日のように寒く、身も心も冷えたゼラチンのゼリーのようになっていても、熱いシャワーの下をくぐっているうちに生命の振動を取り戻す。ようやく巡り始めた血潮の温度を肌の内に感じながら、私は立ち上がって和室を出て、ダイニングの壁に向き合うように配置した仕事用のテーブルで自分の人生に向き合う。

我々の生活は、人々が無数のジェットエンジンと電磁波で世界中を飛び回る時代の副産物によって、傾斜に差し掛かった荷車のように徐々に変化のスピードを増し、元に戻る力を失い始めている。ここ日本の東京でも、この環境の変化に適応しようと苦心している様が見受けられる。都市封鎖も規模はどうあれ近いうちに行われるだろうが、厳しい条件下でどう生きるか決めなくてはならない。

私自身は己に課している本を読み物を書くという基本的なタスクは変わらない。仕事は販売の仕事があり、家賃は3万7千円。生活費を切り詰めて月に8万円あれば生活はできるだろう。懸念すべき問題は仕事がなくなればどうするか、自分が感染すればどうなるかであるが、仕事に関しては、F氏の厚意によってあてがってもらった食品店での販売の仕事とショッピングモール内の書店員としての仕事がある。そのどちらも、平時は業績良好であり、先の週末は自主的に営業を休止こそすれど、ありがたいことに今のところ仕事はある。この二つが無くなってしまえばどうであろうか。ものの見事に失業者ということになるだろうが、もし仮に手当てなどが見込めないとしても、餓死するという結末は考えにくい。感染者でなければ生きるための選択肢は数限りなくある。むしろ、個人としてこの状況をも利用すべきだ。しかし、恐れるべきは災害である。いつ何時地震が起きるか分からぬし、夏になれば、南から台風が歩んでくる。我々はひと所に集まって避難することが望ましくないという条件下であり、事態は一瞬にして急降下。混迷を極める可能性が大きい。私自身、災害によって壁も屋根も取っ払われて仕舞ったならばどうするのだ?手がないことは無い。道は必ず残されている。しかしそれはまた、非常に疲れるものであるだろう。

連環の計によって繋がれた船上の魏兵へと想いを馳せる。