宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

8月12日(後半)

(今後は、その日のうちに完成せずとも投稿することにしてみる。とりあえず上げてからちょくちょく書き加えることでコンスタントに更新できるし、下書きのまま誰にも顧みられずにデータの墓場に置き去られるネタや言葉も減るだろうから。)

僕が渋谷に着いたのは曇り空のなか、雷の鳴る午後3時だった。明大前で一度乗り換えを間違えた。

煙草を吸おうとスクランブル交差点のそばの喫煙所に行ったが、喫煙エリアの仕切りからはみ出るくらいにすし詰めになったやつらの体臭と副流煙の中に入っていくのは嫌だったので、そのままソールライター展をやっている東急百貨店の方へと歩き出した。

バリバリと雷が鳴ったが雨は降らなかった。写真展を見た後はきっと身体中ずぶ濡れになることだろうなと思った。

展示会場の前で1500円払ってチケットを買い、パンツスーツ姿の女の係員の案内に従って検温を受けた。35.5度しかなかった。

無料のロッカーにバッグとポケットの中の小銭を置いて、手帳とペンだけを持って順路を辿り始めた。ソールライター。ニューヨークを散策し、街の片隅で起きる何かを執拗に捉え続けた写真家。彼のようにユダヤ人で、ニューヨークに住み、ニューヨークからインスピレーションを得ては作品を作り続ける男を知っている。ポール・オースターだ。

元々僕はオースターのファンであり、ソールライターについては知らなかった。数か月前に僕らが行ったちいさなグループ展で、参加した作家の何人かで集まって、街を描く芸術家について話をした。僕が織田作之助と大阪について話し、みんながこういう話を興味深く聞いてくれるもんで、つい気を良くして次いでオースターとニューヨークについて、そしてエドワードホッパーの「ナイトホークス」に話が及んだとき、写真家の女の子がふとソールライターを教えてくれた。彼の写真を見たとき、真っ先にオースターの質感を感じた。オースターが脚本を書いた映画『スモーク』なんか、ものすごく近いところにある気がした。ソールの生年は1923年で、47年生まれのオースターとは大きく開きがあるものの、22年生まれのケルアックやヴォネガットよりもずっとオースターの世界観に類似している。ケルアックは「果てなき旅」を愛した男であるし、ヴォネガットは故郷インディアナを振り返る事はあれど、いつも地球や人類のことを考えているような作家だ。僕の知る作家たちの中で都市に張り付いた作家だからこそ醸し出す独特の匂いのするものを挙げたとすれば、それはネルソン・オルグレンだろうか。パリとサルトルはどうだろうか。

僕はどうしたいのだろうか。何を対象に書きたいのだろうか。今は、この東京とネットワークの世界について書いてみたいと思っている。人々は東京に住みながらも、半ばネットに住んでいる。まずは都市に住む人々を観察する眼を持たなくちゃならない。だから僕はここに来た。少しでもオースターの世界観に近づくために、街とそこに生きる人々を描く芸術についての感覚をより一層研ぎ澄ませるために。

最初の展示区画には、左右の壁に白黒写真が並んでいた。主に1950年代のニューヨーク。都市の男たちはみな背広を着て帽子を被る時代。次いでカラー写真の区画。街を彩る黄色やオレンジの看板、雪の白に浮かぶ赤い傘。ブティックのガラス戸の前に取り付けられている緑の蝶の飾り物。そしてスライドプロジェクション。これはデジタルプロジェクターによるもので、映し出された写真が切り替わるときに痩せた紛い物の音の電子音を出していた。本物のスライドプロジェクターで彼の写真が見れたなら、どれだけ心を打つだろう。と思った。彼の写真の中にはほぼ例外なく人間が写っていた。その限りではないときでも、対象は靴や傘や帽子、犬や猫、それから車をレンズに収めている。これらはみな、人の営みのかたわらにあるものばかりである。

よく見ること。ひたすらに足を運び、ひたすらに見ること。でなければ、街の片隅で起こっている何かを見逃してしまうだろう。現実の世界では、見逃したものは二度訪れない。そのまま流れ去ってゆくだけだ。しかし、起きたことを物語や写真として留め置く事はできる。そういうことだ。

今日は8月17日、5日前の記憶の輪郭は曖昧に霞み、あの日のことを文章で再構成しようという気概もラップのかかった夕食みたいにひっそりと冷えてしまった。

ダメなもんはダメ。その後の流れと所感を記しておくに留める。

16時30分ごろ、ギャラリーを出る。雨は降っていなかった。

16時50分ごろ、ユーロスペースで映画『劇場』を観る。満員の小劇場のシーンを感染対策された映画館から見ているという構図が面白かった。ロマンポルノを撮る行定監督とセックスを書かない又吉との相性は良くないように思えた。

19時ごろ、映画館を出る。薄い雨が降っていたが大した事はなかった。20時ごろ家に着く。

22時30分ごろ、来訪者ある。劇団についてなど話をする。彼の身の上話を聞いた後、それ以上話すこともないので8月12日前半のブログ記事を書いていた。そのうちに来訪者帰る。

2時30分ごろ、眠る。