宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

文学と旅

僕は今年の3月ごろから近所の本屋でバイトをしている。基本的には週3日休憩込み7時間半の勤務で、働けども働けども給料は永遠に最低時給。朝早いくせに大した金にはならないし、ある日「個人のスパイスよりシステムを優先する」と言われて担当を将来の文芸要員から資格書コーナーに移された。朝勤務組の同僚は夫の扶養内で金を稼ぐ主婦たちで、夕方から来る学生連中とは言葉を交わす事もない。僕のような20代のケツが見えてきた男なんかはどこにもおらず、特に誰とも交流はない。

もう一つのバイトは僕が鉄工所の組み立て工をしていた頃から多事に渡ってお世話になっているF氏とその友人がやっているフレーバーナッツやコーデュアルなんかを手作りして売っている食品会社の手伝い。ここでは、代々木上原にある自前の路面店の店番や、新宿のデパートの食品売り場で販売員としての仕事を任されていて、時給は本屋より何百円も多く、会社の人々は寛容で趣味嗜好も近い。組織としての風通しはよく、小さい会社ながらも果敢なスタイルを保っている。ここを手伝えるという話を貰った時は、書店の初出勤日が決まった後のことだったのだ。

僕が1940年代の若きヘンリー・チナスキーなら、酒臭い息のまま書店の仕事に遅れて現れて、自分のために残された分厚い資格書を放り投げ、売り場を抜け出してタバコを吸い、隠し持ったウイスキーの瓶が空になると、眠るための枕として選んだ本を抱えバックヤードの事務机の下に潜り込み、目が醒めると店長がそこに立っていて…という流れになるところだが、現代日本ではなかなかそうはならない

まあ、そんな冗談や前置きは良いとして、本屋で働いていることで得られた素敵な経験は少なからずある。そのうちの一つが今回の記事の主旨であり、結局のところいつもの読書賛美に帰結する。

感染症の問題があって、僕らは気軽に旅ができない。といっても、どうしても旅行しようと思えばいくらでもできる。幸いまだ飛行機も車も効率よく加速する軽い車体の自転車も電車もバイクもある。徒歩で箱根の山の関所を通り抜け、大井川に濡れ、宿場の玄関先に腰をかけ、足の指と指の間にこびりついた泥をせっせと落としながら何日もかけて熊野へ参詣しに行く時代に戻ったわけではない。まあ外国への行き来には以前関所があり、今は厳格に門戸を閉じられているわけではあるが。

僕はどこへも行く気にならず、故郷で骨を休める事もできないので、働いて、働いて、また働いては本を読んでいる。本屋で働き出してから、気になっていた本を自分で問屋に発注し、新品を買って読むようになった。

新しく白っぽい紙ってだけで、これほどまでに内容がすんなり入ってきて、読書が楽しくなるとはついぞ思わなかった。僕は、小学生の頃に読んでいた父親の蔵書を除けば、ブックオフやアマゾンで買うか図書館で借りた黄ばんだ中古の本しか読んでこなかった。まあ、早い話が僕はどうしようもなくけち臭い人間なのである。

自分で働いた金で欲しいものを新品で手に入れることは、それなりに正の心理的効果をもたらすようだ。バンドを組んでいた頃にも似たようなことがあった。

それぞれが抱えているその楽器や機材が、どんな経緯で手に入れられたものなのかというエピソードは、一見ただの回顧的な話で、もう手に入れてしまった現在や将来にはなんの影響もないように思える。しかし、思いのほか熱量や技術や出る音、すなわち、持ち主の運命に強い影響を持ち続けるということを我々は知っている。

誰から貰った、譲られた、中古で買った、新品を買った、ローンを組んで買った、買ってもらった、オーダーメイドをした、自作した、盗んだ、借りている…など千差万別の物語がある中で、奮発していいものを自分の稼いだ金で買うということは、持ち主の愛着や執着を引き出す効果がある。

僕は父親がそういう男だった。つまり、学生時代に毎月買っている音楽雑誌で夢を膨らませ、新聞配達をしてまでもギターを買う資金を着々と貯めるタイプということだ。

だから、僕が中学生2年生になってギターが欲しいと思った時も、家には使っていない手頃なギターがそこにはあった。ギターこそ労せず手に入れたものの、感覚や技術は決して他人から手に入れることはできない。

まあともかく、最近自分の働いてる店で買った本を読んでいて、基本的には取り寄せて買うのだが、売り場でつい目に留まって買う本もある。

そのうちの一つがV.S.ナイポールの『ミゲル・ストリート』だ。ようやく本題の文学と旅に入る。

僕はこの作家のことを何一つ知らなかった。白人なのか、どの時代の人なのか、さっぱり見当がつかなかった。

売り場の棚から抜き取ってあらすじを読むと、、、

 

ちまちま書くやり方はいかんな、合ってない。飽きちまう