宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

反復記号

兵法三十六計逃げるに如かずとは言いますが、逃げてばかりでは日々の暮らしがつまらないと知りました。

煩わしさから逃れるために、私はあらゆることから身を引いてきました。それによってどれだけの可能性を無駄にしたのかここで明らかにするべく、有耶無耶にする形で反故にしてきた約束をひとつひとつ数え上げようとしましたが、過去歩み寄ってくれた人々への申し訳なさと、変わらないままの自分という愚かな存在に哀しさや後悔が込み上げて、喉元のあたりでそれがぐっと詰まって吐き出せぬまま、しばらく項垂れていました。

かきくれて やがては夜も ふけにける と詠んでみました。どうでしょうか。

兎に角、自分はいつも即興で相手を喜ばせようとして頼まれごとや出来もしない企画を生半可な気持ちで安請け合いしたり提案したりするのですが、結局その動機はその場凌ぎの人気を稼ぐ為なのですから、実際にはやり遂げるつもりなどのっけから頭にないという塩梅なのでしょう。

こうした近視眼的な人間関係しか構築できない私は、いつしか蟻地獄の待つ砂丘の底へと滑り落ちる地這いの虫のようにずり落ちるようにして歳月を重ねてきました。もはや見苦しさをあらわにして誰かの手足を掴もうにも、周囲には既に友もいないことから、今ではとうとう動かないでいることが少しでも生きながらえる為の至上の策となりました。しかし足下にいる絶望の昆虫はただじっと待つだけではなく、私が必死に取り付いている斜面に地滑りを起こそうとして手当たり次第に小石を投げつけてくるのです。

もはや逃げられない。

これが今の私の状況なのです。ただ、万策尽きたというにはあまりに早く、刀槍はことごとく折れるどころか一度も抜刀されずに鞘に収まったままなのですから、大人しく生き血を吸われるのを待つ以外にも出来ることはあるはずなのですが、どうにも自分の性分は根っからの臆病者のようで、バンザイ・アタックもハラキリも自分には到底できないのです。巧妙に徴兵逃れをしたのに疎開せず戦争を見物したいと東京に残る坂口安吾の一見矛盾に満ちた煮え切らなさが自分にはなぜかよく分かる気がします。

不退転の決意などと言った勇ましい言葉に心酔して身を敵前に晒し踊りかかるような生き方はどうしても自分にはできず、卑しくも地を這い埃を食らってこそこそと生き延びるほかありません。

2021年、青春の残り香も薄らいできたこの頃に、蟻地獄の斜面にじっとしがみついているかのような、不安でつまらなさの混じる日々を送る私の身に起きた、ある地滑りの話を記したいと思います。

これがその場凌ぎの提案でなく、きっと書き終えて、ここではないどこかで、お目にかけられる時の来ることを切に願っています。