宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

電車の中にて昨日を回想(改葬)

 4月25日。日曜日。

 晴れだったか曇りだったか。

 24日は仕事を終えて家に帰った。猫が僕を待ち受けていて、たくさん甘えてきた。僕は疲れていて、図らずもアラン・エドガー・ポォの『黒猫』を想起した。エゴとは実に醜いものだ。

 僕は家でも酒を飲まないので疲労を酒で強制的に中和させる術を知らない。猫に餌をやっておざなりに撫でてやり、風呂にも入らず布団に横たわって放送大学の興味ある講義をラジコで聞こうと、放送時間を待っている間に寝落ちしてしまった。疲労が蓄積すると、精神の志向を覆い潰すように肉体の欲求が圧倒してしまう。こう書くといかにも自分が日々研鑽を積む求道者のように思えてくるが、他人から見ればやるやる言ってやらないだけの物笑いの種に見えるだろう。事実、その通りだから僕としては笑えない。

 朝起きて、仕事に遅れない時間に着く電車に乗れるまでの猶予が20分しかなかった。急いで風呂を浴びながら着る服を考え 、濡れた髪のまま突風のように家を出た。電車に乗ってからはいくら急ごうが所要時間に変わりはない。アクシデントがあれば遅れるが、それは僕のコントロールの及ぶ範疇にはないから、人の連なる長座席にぽつんと埋まって、考えない葦の如く放心するがまま縦横にふらふら揺られていた。

 眠っていたのかもしれない。車が全部自動運転になったら、人はそれぞれどんな時間を過ごすだろうか。他者が同乗していない自家用車だとどんな様子が見られるだろう。

 百貨店の売り場は時短営業。休業になれば夢のベーシックインカム暮らしが出来ていたかもしれない。そんな事を考えたとき、ニーチェにぎりりと睨まれた。売り場はF氏と回した。F氏自作のTシャツを貰った。いろいろ喋っているうちに定時となり退店した。店も新宿駅も人が減ってがらんとしていた。

 家に帰った。日曜の夜は毎週3つのラジオ番組を聞く。それはなにも日曜日だからと言うのではなく、たまたま好きな番組が日曜の夜に揃っていただけだ、20時から始まる野村訓市の番組を皮切りに、最後は25時30分に細野晴臣の番組が終わり、それを聞き終わってからしばらく起きているのが通常だったが、その日はどれも聞く事なく眠ってしまった。

 その翌日である今日、ようやく連勤が終わり、明日はフランス語を学びにゆく。

 これを書くのに夢中で、僕の乗る急行列車は、勤務先の店舗の最寄り駅を見向きもせずに通過してしまった。