宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

やってて思うこと

こんなものが面白いか?という思いにあっさりと負け、自分が書いている創作物を早々に放棄してしまうことが何度もある。

私が知る限り、創作物をポンポンと世に出し続けられる創作者たちは、自分の作るものはいつも最高に面白いと信じて疑わないか、面白いかどうかなんて別段考えもしないかのどちらかである。

私が今手をつけている書き下ろしの新作は、今どんな出来事が起こるのかと構成を考えているところだ。そして、仮に決まったアイディアを脳内で展開させてみてもすぐに興醒めしてしまうことに悩んでいる。こんなものが面白いか?と。そこで更にアイデアを深く掘って問題点を見つけ出したり代替案を用意したりしてみればよいものの、私は早々に筆を折って(キーボードを叩き割って)その日の残り時間を不貞腐れて過ごすのである。この小さな敗走を繰り返すたびに己の無能さに直面することになるのだから訳もない。

フランツ・カフカは死の前に、既に公に発表されたわずかな作品を除いた膨大な遺稿を全て破棄するようにと言い残して逝ったそうであるが、この気持ちはわかる。

ただし、カフカの場合は生前から才能を認められていた作家であり、実際に死後発表された作品群も後世に絶大な影響を与えた。余談だが、このことは、遺言を裏切った友人を功績者と讃えるべきなのであろうが、不条理の闇を矢鱈に世界中へ広げてしまったという捉え方もできる。

面白いと思う戯曲が書けない気慰みに、こうして別の文章を書いてみてはいるものの、やっぱりこれもつまらない。絶望だ。面白いものってなんだろう。

なれもしない自己像を実現しようと夢見るからこうした不幸を味わうのだろうか。

ブコウスキーの墓にはこう刻まれている。"DON'T TRY"