宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

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25時21分。こうして僕は昼も夜もなく活動ができる。それはインフラのおかげ。

今は2連休のちょうど折り返し地点で、僕は眠気覚ましに風呂に入ってきたところだ。

一体何のために目を覚ましたのかというと、フランス語講座の宿題をするためだ。それなのにブログを書いているのだからお笑い草だ。

人はなかなか変われないもので、僕の場合は、自分で決めた目標を達成するための最も合理的な(あるいは唯一の)選択を忌諱してしまうという性質を延々と持ち続けている。自分で自分にがっかりするってのは、じゅうぶん嫌なもんだね。

どうしてフランス語の宿題をやらないのかっていう理由は、内容が難しいから。Q&Aをさらにひとつ先に進めて、なぜ難しいのかっていう質問に対する回答もわかってる。今期の授業もあと僅かで、帳尻合わせでペースが爆速になっているのはもちろんだけど、主要因は僕が予習もしなければ復習もしていないからだ。もう一つ先に進んでみよう。(この思考のプロセスもここまでくると質問の答えはちょっと複雑で曖昧になってくる)どうして予習も復習もしないのか。ひとつにはフランス語学習の必要性が差し迫ったものではなくなってきたからという理由が挙げられる。創作期間に突入する前はフランスの好きな作家たちの小説を原文で読みたいという気持ちがすごく大きかった。彼らの文体やエスプリに直接近付くことで、彼らみたいな明晰な思考と魅力的な文章に劣らぬものを作ることができると思ったからだ。その計画は今も決して揺るがないものだが、8月までに新作戯曲を書き上げられるかどうかで今後の身の振り方を決めようと決意したいま、フランス語の勉強を後手に回すことになってしまった。

もちろん、noirがなぜノワールなのかという理由くらいはわかるようになったし、リエゾンやアンシェンヌマン、定冠詞や基礎的な活用や構文のルールがどんなものかは知ることができた。グーグル翻訳も機能が充実してきて発音までしてくれる時代になったしyoutubeもあるから、ぶっちゃけ、これからは独学である程度まで進められそうだという気もしているのだ。これもまた、家にネットが来たことでもたらされた福音のひとつだ。

だらだら書いて、また眠くなってしまった。どうしてブログを書こうかと思ったかというと、風呂場でシャワーを浴びながら読んでいた『日本語練習帳』という本に書いてあったことを実践してみたくなったからだ。僕は風呂に行くときラジオを聴く用のスピーカーか濡れてもいい本を持ち込む。毎日浴槽に浸かれたら言うことはないのだが、なかなかそうもいかないので立ったままシャワーを浴びる。そこで読書をするときは左手で本を開いて右手だけですべてをこなすのだ。僕は熟練者なので本はあまり濡れないが、念を押して読めなくなって凹むような本は持ち込まない。大抵はブックオフや図書館のリサイクルコーナーで手に入れた新書を持ってゆく。本棚に刺さっているやつから気になった奴を引っ張っていくのだが、これが毎度潜在的に欲していた知識を得られるので面白い。かつて僕の大学に浅田次郎がやってきて講演してくれたのだが、そこで「本は借りるのではなく絶対に買ったほうがいい」と断言していた。まあ、そりゃあ小説家なんだから自分の売り物を無料で借りるんじゃなくて金出して買ってくれと言うのは当たり前だっていう道理もあるが、とりあえず気になるものを本棚に差しておけば、知識との新たな出会いや一文に呼び起された情感との再会も起こりうるものとなることも事実なのだ。その公演の質問コーナーで僕は浅田次郎氏に個人的な想いを伝えたかったのだがつい臆してしまったことを今でも悔やんでいる。「あなたの小説で幕末ものの長編小説はすべて夢中になって読みました。特に壬生義士伝は高校の夏休みの昼下がりに実家のリビングの床に横になってすすり泣きながら読み終えたことを覚えています。もちろん図書館では借りていません。全部(父が)買いました」

ここまで書くのに1時間半!僕の脳みそは卓球の球くらいの大きさかもしれない。一度CTスキャンをしてみる必要があるかも。

さすがに眠たいので今日の出来事を手短に。

昼前に起きて、休日だけどどこに行くとも何をするとも決めていなかったのでネットフリックスで京都アニメーション制作で大今良時原作の「聲の形」を観た。その後この作品のレビューを見たが、「特定のだれこれが胸クソ」と書いている人がまま居て、その人たちは西宮や石田を疎外したクラスメイトの考え方と一緒じゃないかと思った。叩かれている某キャラクターは少なくとも劇中では罪の意識を抱えている様子が描かれていないし主人たちに都合の悪い展開をもたらした。しかし、それで叩いていい悪なる人物だと認識するのは想像力が足りていない気がする。レビュワーもまた、そうした渦中にいる少年少女なのかもしれない。うんぬん。

映画とそのレビューをを見たあと、半額で買ってたカレー用のブロック肉と冷凍のブロッコリーを焼いてケチャップかけて食った。

暇だったので椅子をもって家のすぐそばの河川敷に行った。中洲に渡って背の高い草の陰に椅子を置き、麦わら帽子を斜めにかぶってだらけた姿で本を読んだ。

日が暮れるころ、イーゼルを抱えて田園を歩くゴッホのように一人っきりで来た道を戻った。今日は富士が見えるかと山脈のほうへふと目を上げると、オスプレイが一機飛んでいた。輸送機もちょうど横田基地に帰るところだった。

帰って、不可抗力的に数時間ゲームをしてしまった。ただ幸運なことに、ゲームするのも飽きてきた。

飯を食った。鈴木敏夫ポッドキャスト山下達郎のラジオを聴きながら鯖を焼いて食った。いずれ好きなラジオについて腰を据えて書いてみるのもいいかもしれない。

そして時は過ぎ、夜中になって風呂に入って今は27時42分。

明日は絶対無事に起きてフランス語講座に行ってくれますようにと、明日の僕にお願いする。