宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

 

グーグルドキュメントを覗いていると大学三年の頃のレポートの草稿がでてきた。

 

これを当時から尊敬していた担当教授に見せて、内容はさておき、面白い言い回しをすると評価された。表現の盗用をしていないか確認されたことを覚えている。

 

それは、僕の見た目や態度の割にはという括弧つきのものだったかもしれないが、ともかく僕はうれしかった。文章の言い回しこそ僕がこの世界の中で数少ない好きなことの一つだったからだ。

 

僕が筆で身を立てたいと考えるに至った要因の一つだ。

 

読み返してみるとそれなりに稚拙さも窺えるが、当時のほうが頭がよかったかもしれない。

 

6年前を追憶し、以下に冒頭の一部を引用して、マイルストーンとしてここに置いておく。

 

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 我々は、この世界のありのままを捉えようとせず、確かにこの目で確認しうる事実が、無視されたり価値を持たないかのような扱いを受けることがある。このことは、行われてきた政治においても多く見受けられる。これまでの歴史の中で数々の統治者たちが生まれてきたが、彼らはその目に見えない正当性や権利を主張するために、人々の目を、素朴な認識から遠ざけようとしてきた。ヒトラーは映画を作り、中世の王侯たちは肖像画を、エジプトのファラオは神殿に鎮座して現人神を自称し、民衆を率いるに値する特別な者であるかのように思い込ませた。1948年にサルトルが、ヴェルヴ誌に載せたテキスト『偉人の肖像』では、始めの例として、馬車に乗り、急いで移動するナポレオンを見た野次馬の話が紹介されている。

 

 「蠟のような顔色をした太った男を見た。四頭立ての馬車に乗って、ギャロップで駆け抜けていった。あれがナポレオンだったという話だ。」

 

そして以下のようにサルトルの言葉が続く。

 

  「この文章は、素朴な認識というものの過程を、かなり理解させてくれる。まずわれわれの目に映るのは、人間そのものであって、その人間は、黄ばんだ肥満体で、他の人間、高官や元帥に囲まれて姿を現す。そして、ようやく彼の本当の名が明らかにされたときには、彼は、四頭の馬に運ばれてはや姿を消している。」

 

 ギャロップというのは、馬術における、全速力のことであり、野次馬が彼を見たのは馬揃えや凱旋などの絢爛豪華な姿とは違い、とにかく急いでいたのであろう。その姿からは、イタリアを侵攻するために大軍を率い、いななく白馬に跨りながら峻険な峠をこえる、精悍な皇帝の姿を描いた肖像画の男とはもはやまったくの別人である。前者は人間としての素朴な認識によって捉えられた、ありのままのナポレオンであるが、肖像画のそれは、ナポレオンに類似した戦争の英雄像である。つまり、かの有名な『サン・ベルナール峠を越えるナポレオン・ボナパルト』に描かれている絵は、ナポレオンではない。権力者たちは、それぞれの個体としての人間らしさを取り除こうとし、皆の尊敬を得たり、重要な人物であるとの印象を強調しようとする。これは、素朴な印象とは正反対だ。サルトルは、先の例の後に、〔野次馬は、太った男を目にして、「あれはナポレオンであるらしい」と考える。しかし、肖像画を見るなら、第一執政ないしは皇帝が、先ず最初に目に入るのである〕と云った。肖像画を見た人々は、対象であるボナパルトよりも先に、彼の肩書き、権威といった知識が飛び込んでくるということである。

サルトルの小説『嘔吐』では、偉人の肖像画がいくつも並べられた画廊の一室の中で、主人公のロカンタンと、彼の後に画廊へと入ってきた一組の夫婦との肖像画に対する態度の違いは対称的で面白い。

 

 (ある絵を見つめながら)私が呆然として見つめた彼の目は、もう帰れと告げていた。しかし私は立ち去らなかった。断固として不謹慎に徹していたのだ。(中略)権利に輝いている顔を正面から見つめていると、やがてその輝きは消え、灰滓のようなものだけが残ることを知っていたからだ。私の興味をそそるのはその滓だった。

 

 このような見方をしたのはロカンタンである。彼は、並み居る150点以上の偉人の肖像画に向かって下種と呼ばわっている。それに対して、一人の男と連れの婦人はどうだろう、二人は、畏まって身を縮めていたり、はっとして立ち止まり、機械的に帽子を取るなど、ある種・・・