宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

ジョン・ファンテと太宰治は同じ1909年の生まれだ。

僕が生まれる84年も前のことだ。そういう見方をすると僕と彼らの間にはなんとも言えぬ隔世の溝があるようだが、彼らの小説を読んでいる間は腕さえ伸ばせば一緒に肩を組めそうな距離に居るように感じられるのだから不思議だ。ファンテに至っては顔さえ知らないというのに。

だからどうした?と言われればそれまでのことだ。二の句が継げない。それは僕が思考の組み立てが下手な有象無象のカスだからだし、少しでも読者の興味を惹くような論理の組み立てを学ぼうともしていないからである。

さて、今日は昨日図書館で借りたファンテの『ロサンゼルスへの道』を読み終わった。これが馬鹿に面白い。本読み特有の病気のようなものだが、「ああ!これは僕のための物語だ!!」という気分になった。僕の祖父より年上なのに、会ったことすらないのに、同時代のどこの誰よりも話がわかるヤツじゃないかと。

ファンテ自身がどうだっかがは知らないが、僕には友達がいない。元からいなかったのか、一気に目減りしたのかはわからないが、どちらにせよ僕の短気さと虚言と高慢な妄言が原因なのだろう。要するに扱いづらいイヤミなやつなのだ。そしてそれを補えるほどのステータスも魅力もない。それは自分でもわかる。太宰はどうか。彼は借金や薬物という後ろめたさを抱えつつも、彼を取り巻く人々自体は多かったように思える。じゃなきゃ「正義と微笑」なんて書けないし、友人もいないのに共産党に入りゃしないだろう。どう考えても田舎に隠棲したがるタイプじゃない。

ファンテのことを「我が神」と読んだブコウスキーはどうか、柴田元幸さんは、彼はスラングを使わない故に友人が少なかったのではないかと解説している。スラングとは仲間同士で帰属意識を共有するための言語だからというのだ。ブコウスキーと同世代のビートジェネレーションの作家たちは友人が多いことがステータスのような雰囲気だし、SF作家たちも群れている。

僕はケルアックたちビートのグループやエリスンらが望まずもそう呼ばれたニューウェーブの作家たちのようなものに憧れていたのだが、徐々に孤独を極めてきた。

しかしこれでいいのだとファンテの小説は感じさせてくれる。

書いていてよくわからん感じになってきたけれど、文章を書く思考モードに切り替わってきたので目的は果たした。戯曲書きに戻る