宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

冬を過ごす

冬は寒いからどうにもいけない。気取った口調で当たり前のことを言うのは馬鹿みたいだが、本音をそのまま表現した結果であるのだから仕方がない。

僕はこの冬なんにもしていない。そう、察しの良い方ははやくもお気づきであろうが、今回の僕は自分の怠惰さの原因を寒さに転嫁することに決めたのだ。部屋は荒れていく一方だし、創作においては書き溜めていたイメージですらどこかへ飛んで行ってしまった。働かず、家から滅多に出ない期間ですらもう少し活動的であったはずだが、今はもう白身魚のように床に伏せってじっとしている。

ボードレールの『パリの憂鬱』を読み始めたのだが、これはとてもいい本だ。すごく読みやすいし、この詩の語り口は僕にとって新鮮で面白い。カフカニーチェやエリオットらと引き比べても、彼らにはない独特で洒脱なエスプリが全面に感じられる。ボードレールも間違いなく孤独な男なのだろうが、どこか余裕や明るさがある。だから、彼に怠惰で放逸な魂と呼ばれようと、誰もが浮かれ騒ぐ祭りの街で、その喧噪や明かりから取り残された老いた大道芸人を自分と重ね合わせてしまっても、さほどの悲しみや痛みに捉われることなく読むことができる。孤独や絶望を語ったり描く作家を僕は好んでいるが、ボードレールはユーモアの面で他と一線を画しているようだ。言葉から怒りをあまり感じない。『悪の華』はどうだろうか。

久しぶりに文章をこれだけ書いた。そんなことができたのも、夜のうちに風呂に入ったからだ。普段は働きに出る寸前に入る。この家は木造で、なおかつエアコンがない。僕には変温動物の気持ちがわかる。シャワーで体が温まると活力が湧いてくる。

 

ああ、クソみたいな脳みそ、クソみたいな生活、クソな文章。