宇宙をぶらぶら漂流中

時松功平です

活動記録 ふりかえり

カナダに来て、そろそろ2ヶ月になります。転居や仕事でそれなりに忙しくしておりましたが、その間も暇さえあれば本を読むことを続けていました。不思議なことに日本にいる時よりもより楽しくより多くの本を読めています。ということで、この国での生活の合間に読んだり朗読を聞くなどした本について書き残しておきたいと思います。

昔ながらの紙の本は、飛行機での渡航という旅の性質上あまり多くを持ち込むことができませんでしたが、それでも選りすぐりの小説や詩集、文芸誌などが20冊ほど手元にあります。この内からは、もう何度も読んでいてアメリカ旅行の際にも持って行った『オン・ザ・ロード』をはじめとして、ジグムント・バウマンの『コミュニティ』やR.D.レインの『引き裂かれた自己』を読み終えました。ときどき退屈紛れとして原書のチャックパラニューク『アジャストメント・デイ』を、翻訳アプリやイメージ検索を駆使しながら読み進めています。今はP.Kディックの遺作『ティモシー・アーチャーの転生』を読んでおり、今夜読み終わりそうです。

かつて、海外で日本人の孤独な旅人同士が出会うとカバンの中にある日本語で書かれた本を互いに交換するという風習があると耳にしたことがありますが、いまの時代ではそうした交流は少なくなっていることでしょう。理由は深く考えるまでもありません。現代の旅人はなんらかの携帯端末を持っていることでしょう。それさえあれば、どこにいても日本語の情報にアクセスでき、クレジットカードやプリペイドカードさえあれば朗読音源、電子書籍なども気軽に利用することができます。

僕ももちろん読みたくなった本を電子辞書で購入するようになりました。ワンクリックですぐさま読み始めることが可能なので非常に便利です。今のところ僕が感じている一番の不満点を挙げておくとすれば、それは後書きや解説が削除されていたりすることです。読み終えたばかりの物語の余韻が冷めないまま良質な付加情報に触れつつ物語を追憶するだけでなく作者や出版関係者の費やした時間や工夫に思いを馳せるあの素敵なひとときが「都合により電子版では不掲載です」の一行に置き換えられているときは言いようもない悲しみを感じるのです。

さて、そうした苦言はともかく、僕は電子書籍のおかげでいくつかの名作を楽しむことができました。すでに読む終えたものはチャックパラニュークが原作を担当したコミック『FIGHT CLUB2』、ネビル・シュートが核戦争による終末を描いた『渚にて』、シェイクスピアの戯曲『ハムレット』の最も簡潔なQ1版、そして善きキリスト教徒らが不寛容で悪しきユダヤ教徒の金貸しをやっつける『ヴェニスの商人』です。元々日本んいいた時から、青空文庫を読めるアプリはiPadスマホで利用していましたから、あまり抵抗もなく、すんなりと読むことができました。最近のセールで『暗夜行路』とカートヴォネガットの未読の長編をこの機会に全て買いましたので、これから読むのが楽しみです。

いま、ぼくはモーテルで部屋の清掃作業をする仕事に就いているのですが、この仕事の利点は仕事に耳が不要なことです。こう書くと極端ですが、要するにイヤホンをつけて何かを聴きながら仕事していいということです。日本ではラジコでラジオ番組を色々聞くことができたのですが、こちらではそれはぜんぜん叶わないので最初のうちはspotifyamazonオーディブルyoutubeなどでポッドキャストや朗読を聴きながら仕事をして います。特に中〜長編が相性がよく、芥川龍之介の『歯車』や『河童』、ドストエフスキーの『罪と罰』などは特に有意義な視聴でした。オーディブル寺山修司金子みすゞ茨木のり子などを聴きました。文学作品の他にも宮本武蔵の著した『五輪書』や明治維新を迎えた元藩主たちがその後どういう人生を送ったか書いた本など、純粋な好奇心に立ち返って触れた本もあります。柳田国男民俗学の本もこの機にサラリと読んでしまおうと考えたのですが、思ったよりも頭に入ってきませんでした。ラジコで放送大学の講義を聞きかじったりできなくなってしまったので、困っていましたが植物学の本や日本の神話についてその道の研究者が書いた本を聞いてその代替としています。特に日本の神話の本が面白いのです。有名な北欧神話ギリシャ哲学などよりも成立が遅く、かなり政治的な要素が強く、儒教の心得の敷衍や朝廷の正当性を担保するためのメディアとしての役割が感じられます。いやはや、こうした本の話は延々とすることができますし、作品名を羅列するのは気持ちが良いものです。なんだか自分が賢くなったかのような気持ちになれます。

さて、ふりかえりとしてはざっとこのようなものです。今後どうするかについてはまた後日書き記しておこうと思います。